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10月2日(日)ヤマハ銀座店サロンで開催されたポーランド人ピアニスト、グレッグ・ニエムチュク氏Grzegorz Niemczukによる、『ショパンマズルカ~その魅力を探る』の通訳を務めました。

ニエムチュク氏は、ヤシンスキ教授や私の師バルバラ・ヘッセ・ブコフスカなどからすると、1世代下どころか2世代下になるでしょうか。

カトヴィツェのシマノフスキ音楽大学でユゼフ・シュトンペル教授クラス卒業。私はそのシュトンペル先生の講座の通訳を務めたこともあるので、師匠とお弟子さんと両方と一緒にお仕事ができたことになります。じ〜ん、感無量です。

シュトンペル門下となれば、間違いなくきちんとした教育を受けています。優秀な門下生を多く輩出されていて、ショパン国際コンクール審査員も務めるポーランドを代表する教授になりつつある、ヴォイチェフ・シフィタワもその門下です。

ニエムチュク氏のどこが師匠たちと違うかって。。。

それはもうこの容姿、SNSや先端のIT機器の活用ぶり、門下の流れの画期的な変化です!つまり新世代なのです。

マズルカに取り組んでいるきっかけは、ショパン作品の全曲録音の企画がおありで、まずはマズルカから1曲ずつ勉強を始めたそうです。

そうなのね!私もマズルカの全曲録音を計画しているのです。とお話ししたら。。。

「それでだね、あなたの楽譜がすごく使い古されているから、僕のかと思ったよ!」

あはは、確かに!並べて写真は撮らなかったけれど、同じエキエル版で、使い古され度がほぼ同じでした。

さてニエムチュク氏のマズルカレクチャーのことを忘れないうちにお話していきましょう。とてもよい組み立てでした。

まずマズルカとは何か。そしてどう演奏されるべきか。

「マズルカは「詩」である。学のない農民たちの「詩」なのです」

詩人は見事な叙事詩を語る。農民はもっと生活に即した日々の生活を謳う。それが元々のマズルカであり、彼らの詩なのです。

「マズルカだけではないが、演奏上の最重要課題はプロスタであること」

このprostaプロスタとは、シンプル、単純という意味です。日本語で単純というとやや語弊がありますが、純粋で素朴で無垢で飾らないという意味を含みます。

ここで農民たちの音楽をいくつか聴かせます。

それは農民のおばぁちゃんの歌であったり、民俗楽器のDudaバッグパイプの伴奏とヴァイオリンの旋律の音楽だったり、街の楽団の調べだったり。

これらはショパンも青年時代に耳にしていた田舎の土着の音楽で、マズルカの作曲の源泉になっていたのです。

Tam pod borem siwe konie. Piosenka ludowa z Kurpii [Muzyka Zirodel]

Apolonia Nowak アポロニア・ノヴァクいう歌い手による源泉歌の数々。例えばこれは「森の歌」。とても美しいです。両方ともクルピエ地方に伝わる口承歌だと思われます。

農民の歌は、オペラ歌手が歌うのとは違い、ヴィブラートをかけることはなく、困難なテクニックもなく、ただ切々と語るように謳うのです。

またある曲は、バッグパイプの音の伴奏で始まって、それが低音の土台となって鳴り続けます。その上に民俗楽器のヴァイオリンで、キコキコと高い音域で旋律ともつかぬ音を弾き続けています。

「ほら、これはショパンも間違いなく聞いていますよ。例えば作品6−4のマズルカ。この曲はバッグパイプとヴァイオリンの音がそのままピアノで再現されているのが楽譜からもわかるでしょう。ちょっと変な曲だね。農民の音律を使っているからです。」

本当にそう。作品6−4を見てみると低めのバッグパイプの音が保続されて、上にはヴァイオリンの旋律ともつかぬモチーフがずっとリピートされています。風変わりな曲だなぁ・・・と思っていました。

次はマズルカに使われている踊りのキャラクターです。

「ゆっくりなテンポの踊りクヤヴィアク、ショパンのマズルカの中でゆっくりな部分はほぼ100パーセントこれだね。中庸のテンポはマズール、そして最も速いテンポはオベレク。この知識はもう世界中かなり浸透していて、誰でもある程度知っているでしょう」

ショパンがマズルカに主に使ったこれら3種類のマズルカリズムを持つ舞踏については、おそらくもうピアノ関係者ならどなたでもご存じでしょう。でも基礎知識として聞いたけれど、すぐにわからなくなるという方々も多いようです。

「大切なのはね、この3種類の舞踏のキャラクターをよく理解していることです。曲の途中にテンポの変化を指示する速度表示はない。だから理解していればこそ、それに見合ったテンポを選ぶことができる。」

亡くなったピアニストのレギナ・スメンジャンカも同様のことを言っています。踊りのキャラクターを見極めることで、テンポをスウィッチしていくのがマズルカの特徴であると、その著作Jak grac Chopina.(邦題:ショパンをどう弾きますか?)に書かれています。

ニエムチュク氏は、ますます嬉々として弾きながら話しを続けます。:

土着のマズルカはルバートをします。民俗音楽にルバート(拍の揺れ)があるのは極めてレアなことです。

「ショパンとオペラ作曲家マイヤーベーアのマズルカについての大喧嘩は、マズルカのルバートの秘密をよく著している。ショパンが弟子にレッスンをしているところへ、マイヤーベーアが訪ねてきて、この曲は2拍子だね、と言った話です。ショパンは激怒して、これはマズルカだっ、3拍子に決まってるっ。。。とやり合い、二人は互いの主張を譲るはずもなく決裂してしまった。」

と、この話はマズルカのルバートを象徴する有名なエピソードです。

「それで僕は、いったいどう弾いたらマズルカが2拍子になるのか、色々やってみた。たぶん、こんな感じだ。揺れのリズムに乗っかるようにね。」

実は私も桐朋の授業でもこれについて取り上げ、どうしたら3拍子ではないっ!というマイヤーベーアの主張が通る弾き方になるか、ずいぶん色々やってみたことがあります。ショパンが生きた当時は、モーツァルト、ベートーヴェンなど古典派の音楽までを耳にしていた時代ですから、拍が揺れ動くという観念は薄い。だからあり得た拍子感なのだろう、という結論に達しました。

ニエムチュク氏が頑張りに頑張って、どうにか二拍子になるようにこじつけた弾き方は、涙ぐましい努力の跡がみられました!

次はリズムです。それも特徴的な付点音符のリズム。

「ショーコはマズルカのホウビエッツって何か知ってる?」

「えぇ、知っているわ(エヘン!)男性踊り手の足技でしょう。」

「そう。このホウビエッツはマズルカのリズムの象徴だよ。皆さんに説明して。今からやってみせるよ」

内心ヤッタ!と叫ぶ私。こんな近くでホウビエッツが見られるなんて!

ドンタ ダダーン!!!

もう一度ね。

ドンタ ダダーン!!!(と私には聞こえた)

技として上手いかどうかはわからないですが、このエレガントなヤマハ銀座店サロンに響き渡る踵を床に打ちつける音。ショパン国際コンクールでも使われたのと同型のヤマハが誇るフルコンの横で、私たちの理解のために自らステップを踏むニエムチュック氏。そしてなんだかこれまたよくわからなく交差するその足。

「これがホウビエッツ。このリズムはショパンのマズルカのあちこちに出てくる。例えばここ。作品7−3の途中(41小節)はまさに模倣しているね。」

そのまま通訳するワタクシ。

「それから、マズルカの即興性も重要な要素だ。その場の雰囲気や光景にインスパイアされて直感的に変化をつけて即興していく。」

確かにワルツには即興性はないけれども、マズルカの踊りとしての価値は即興性だと言われています。

ニエムチュク氏はますますのってきて、この調子だと、いつまででも、夜中まででも、弾いて話してが続きそうな勢いです。

ホールの後ろでヤマハの蒲池さんが、手で大きく10という文字を書いています。つまりあと残り10分という合図。

わかりました。でも今はニエムチュク氏に伝えるのはやめておくことにして、だって、時間がある限り続けていただけば良いのですもの。

「マズルカの心の表現で大切なの”エンパティア”です」

エンパティアとは、シンパティア、英語のシンパシーにも通じる意味合いをもつ言葉で、人と人の心が通じ合う“共感“と訳しました。相手をおもんばかり、相通ずる気持ちを持つこと、他人と気持ちを共有することでしょうか。マズルカだから“思いやり“としたらさらにわかって頂けたかもしれません。

この言葉は、ニエムチュク氏がマズルカを数多く弾いていくことによって、おそらく自ら引き出した言葉で、気持ちを通じ合わせればマズルカをより深く理解できる、心がマズルカに移る、感情移入できる、それがマズルカに必要だという結論なのだと思います。

同じポーランドの舞曲でもポロネーズは全く違います。威厳や堂々たる誇りなどを自己主張する踊りです。でもマズルカはそうではなく、相手の気持ちに寄り添う音楽だという考え。これは温かい言葉ですね。

ニエムチュク氏がYoutubeにたくさんの動画をあげていて、その内容は決して専門的に偏らず、平易な言葉を使って、音楽専攻ではない人々にも十分理解できるようにという配慮がなされています。また、どうということはない彼の動作や私たちに語りかける言葉の端々は、思いやりや温かさに溢れています。

あぁ、この人は生来そういった気質の持ち主なのだわ、それが人と人を繋いでいて、演奏にも通じていく。彼が弾こうとする曲は、きっとどれも“エンパティア“の翼を持っている、とそう思えたのでした。

    

「そしてもう一つだけ、マズルカには演奏の鍵があると僕は考えている。これは本などに書いてなくて、僕の主張だ」

それは!?(・_・;?ナニ?? 訝しい表情が私の顔に浮かんでいたでしょう。

「それは、愛国心。祖国を遠くから思う気持ち。ショパンはパリにいて亡命ポーランド人社会の集まりに参加し、ヴォランティアで演奏もし、パリのポーランド社会をまとめるために一役買っていた」

あ、まさに私が翻訳したばかりのザモイスキ著のショパン伝記にもその記述がありました。

「祖国を日々思い、日記を書くように生涯書き続けたのがマズルカで、その原動力は愛国心だった」

それを話す時のニムチュク氏の表情には、同じポーランド人で同じ血を持つ民族としての強い共感が浮かんでいました。そして彼の目には自分の国を誇る強い光が宿っていました。

ポーランド人なら誰でもが共通して持っている強い愛国心。

それは並々ならぬもので、愛国心があるからこそ、100年以上も国が分割によって事実上消滅していたにも関わらず、連帯によって祖国を取り戻すことに成功したのです。

このようにニエムチュク氏のマズルカの魅力を探るレクチャーは続き、私もいつまでも聴いていたい気分ですらありました。

最後に作品6−3 E-dueのマズルカを演奏して下さいました。舞踏としてのマズルカの魅力に溢れる作品で、私もこれが大好きです。

拍手!拍手!拍手!

ニエムチュク氏が、Shoko, great job!と言って下さいました。私もこんなに良いレクチャーの通訳ができてとても光栄でした。

また主催のヤマハ銀座店、日本ピアノ教育連盟関東支部にも、また通訳のご指名を下さった、関東甲信越支部長の重松武蔵野音大教授にも心からの御礼を申し上げます。それからニムチュク氏のマネージャーの高橋洋子さんにもお礼をお伝えします。

全員で記念写真!写真はJPTA支部幹事の森田さん撮影です。

皆川先生、とんで関東甲信越支部幹事の森田さん、支部長の重松教授
ニエムチュク氏、アコルト音楽プロデュース高橋洋子さん、重松教授

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